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盛岡地方裁判所一関支部 昭和48年(ワ)68号 判決

原告

佐藤孝子

被告

寿興業株式会社

ほか二名

主文

被告氏家邦博は原告に対し金一四、〇八一、一七〇円および内金一三、〇八一、一七〇円に対する昭和四六年一月一〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告の被告寿興業株式会社および被告小谷寿雄に対する請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告氏家邦博の、その余を原告の各負担とする。

この判決は原告において金五、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供したときは第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「被告らは原告に対し各自金一四、〇八一、一七〇円および内金一三、〇八一、一七〇円に対する昭和四六年一月一〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告寿興業株式会社(以下「被告会社」という。)および被告小谷寿雄

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張、答弁

一  請求原因

(一)  事故の態様と被告氏家の過失

被告氏家邦博は自動車運転に従事しているものであるが、昭和四六年一月四日午後二時一五分ころ、大型貨物自動車(以下「本件加害車」という。)を運転して宮城県栗原郡高清水町小山田字西中野沢三三の一八三番地付近の国道四号線道路左側中央線寄りを時速約五五キロメートルで南進中、道路右側を対向進行してくる原告の父佐藤四郎運転の普通乗用自動車(以下「本件被害車」という。)を右前方約七七メートルの地点に認めたが、このとき前方約四〇メートルの道路右端には、普通乗用自動車一台が駐車しており、このまま進めば右駐車中の自動車の側方附近で被害車とすれ違いになることが予測されたから、このような場合、自動車運転者としては、右被害車と十分な間隔を置いてすれ違いができるよう出来るだけ道路の左側に寄るとともに、車両の滑走を防止するためハンドルを厳格に保持し、かつ予め速度を調節して急激な制動措置を避け、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、右各義務に背き、漫然前同一速度のまま道路中央線寄りを進行し且つ被害車が右駐車中の車両の側方に進出して来るのを認めるや、不用意に急制動の措置を講じた過失により、自車を右斜前方に道路中央線を越えて滑走させた結果被害車前部に自車右前部を激突させ、よつて佐藤四郎(昭和一五年五月二三日生)を脳脱出および脳挫創により即死せしめたほか、被害車の同乗者である原告の母佐藤尚子(昭和二二年二月二七日生)に対し頭蓋底骨折の傷害を負わせこれにより同女をして同月一〇日死亡せしめ、更に原告(昭和四五年八月二八日生)に対し加療約四ケ月を要する右大腿骨々折の傷害を負わせたものである。

(二)  被告らの責任

(1) 被告氏家は直接の不法行為者として民法第七〇九条により

(2) 被告会社(本件事故当時の商号は小谷興業株式会社)は被害車の保有者(これの自動車検査証によればその使用者となつており、又その自動車損害賠償責任保険の契約者でもある)ならびに被告氏家の使用者であるから自動車損害賠償保障法第三条により

(3) 被告小谷寿雄は被告会社の代表取締役として、被告氏家を監督する地位にあつたものであるからその代理監督者として民法第七一五条第二項により

いずれも本件事故で原告ならびにその父である佐藤四郎、その母である佐藤尚子が蒙つた損害を賠償すべき義務を負うものである。

(三)  本件事故による損害

(1) 亡四郎の逸失利益 亡四郎は死亡当時二九才の健康な男子であり、昭和四五年九月二一日訴外滝沢ハム株式会社を退社して宮城県仙台市南小泉古城東五六の八において同年一〇月二九日より精肉店を開業したばかりであつた。しかし同店経営の資料は本人死亡につき蒐集不能であるから、死亡直前まで就職していた右訴外会社の給与(同人は精肉店経営により、少なくともこれと同額の収入は得られた筈である。)を基礎にし、昭和四四年一二月から昭和四五年九月二一日までの所得合計金五八一、三九八円の平均月収金五八、一三九円から生活費として金一五、七〇〇円を差引いた金額につき爾後三四年間稼働できるものとしてホフマン式計算(係数一九・五五四)により算定するとその合計は金九、九五八、二二六円である。

(2) 亡尚子の逸失利益 亡尚子は当時二三才の健康な女子であり、右四郎の妻としてその業務を助ける傍ら家事ならびに原告の養育に専念していたもので、同女については具体的資料がないので、昭和四三年賃金構造基本統計調査報告書(八二―八四頁)にもとづき月収金三三、五〇〇円、生活費月一五、七〇〇円とし、爾後四〇年間稼働できるものとしてホフマン式計算(係数二一・六四三)により算定すると、その合計は金四、六二二、九四四円である。

(3) 亡四郎、亡尚子の葬儀料 各人金二五〇、〇〇〇円宛合計金五〇〇、〇〇〇円の費用を要した。

(4) 原告の慰藉料 原告は本件事故当時生後四ケ月の健康な乳女児であり、両親のただ一人の子供としてその愛情を一身に集め育てられていたもので、将来長期にわたり父母の愛情を受け得るものであつたのに、本件事故により、それを失つた精神的損害は大きく、これを慰藉するには、父、母それぞれにつき金二、〇〇〇、〇〇〇円合計金四、〇〇〇、〇〇〇円を下ることはできない。

(5) 弁護士費用 原告は被告らが任意に損害賠償をしないので、弁護士である原告代理人に本件訴訟を委任したが、その費用は判決言渡日を支払期日として岩手県弁護士会報酬規定の最低基準によることを約した。そこで右費用につき被告らは原告に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円を本件事故と相当因果関係のある損害として支払う義務がある。

(四)  保険金の控除

本件事故に対し自動車損害賠償責任保険金として死亡者一人につき金五、〇〇〇、〇〇〇円合計金一〇、〇〇〇、〇〇〇円が支払われているが、本件事故により亡四郎の両親(訴外佐藤英夫、同佐藤ミサヲ)および亡尚子の両親も又自分の子供を失つて精神的損害を蒙つており、その慰藉料は各人金一、〇〇〇、〇〇〇円を下ることがないので右保険金から右四名にこれを支払い、その残額金六、〇〇〇、〇〇〇円を前記亡四郎亡尚子および原告の損害額の合計から差引くことにする。

(五)  原告の相続

原告は亡四郎および亡尚子の子として両親が蒙つた前記三(1)ないし(3)の損害についての賠償請求権を相続した。

(六)  結論

そこで原告は被告らに対し各自右合計額から保険金残額金六、〇〇〇、〇〇〇円を差引いた金一四、〇八一、一七〇円およびこれより右弁護士費用を差引いた金一三、〇八一、一七〇円に対する亡四郎が死亡した後の亡尚子が死亡した日である昭和四六年一月一〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告会社および被告小谷の答弁ならびに反対主張

(一)  原告主張の交通事故が発生したことは不知。被告会社が本件加害車の保有者であることならびに被告会社が被告氏家の使用者である事実はない。被告小谷が被告会社の代表取締役であることは認めるが、本件事故は被告会社の指揮下で発生したものではないので被告小谷がその責任を負ういわれがない。即ち被告会社と被告氏家との間にかつて被告氏家が被告会社からの委託された物品の運送をすることを内容とする請負契約が締結されていたが、冬期間は仕事がないので、昭和四五年一二月ころには右請負契約は解約されていた。そこで被告氏家は東京都内にある東洋石材(会社の種類不詳)で本件加害車を持ち込んで働くことにし、外二名と共に北海道岩見沢市を出発したが、その途上において、本件事故を発生させたもので、当時被告氏家は被告会社の指揮支配下には入つていなかつたのである。なお、右車両は被告氏家が自己において使用するため昭和四五年九月二日訴外北海道三菱ふそう自動車販売株式会社から所有権留保付で買受けたものであつて、同被告がその保有者であつた。

(二)  仮に被告会社に本件事故にもとづく債務が存するとしても、被告会社は昭和四八年六月三〇日開催した株主総会で解散決議をなし、同年九月一四日その旨の登記をし、本訴が提起された昭和四八年一二月三〇日以前である同年一二月二〇日清算事務を結了(昭和四九年三月一五日その旨登記)しているので、すでに残余財産は存在せず、原告に支払うことはできない。

第三立証〔略〕

理由

一  被告氏家に対する請求について

被告氏家は本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかつたので、請求原因事実を自白したものと看做すべく(原告請求の慰藉料額および弁護士費用についても、右事実に照らし相当なものと認める。)右事実によれば、原告の同被告に対する本訴請求は理由がある。

二  被告会社および被告小谷に対する請求について

(一)  〔証拠略〕によれば、昭和四六年一月四日午後二時一五分ころ、宮城県栗原郡高清水町小山田字西中野沢三三の一八三番地付近の国道四号線上において、右道路の進行方向左車線の中央線寄りを岩手県一関市方面から宮城県仙台市方面に向い南進中の被告氏家運転の大型貨物自動車である加害車と右道路を仙台市方面から一関市方面に向け北進中の原告の父亡佐藤四郎運転の普通乗用自動車である被害車が衝突し、このため、右佐藤四郎が脳脱出、脳挫創により即死し、又被害車に同乗していた原告の母亡佐藤尚子が頭蓋底骨折の傷害を負け、これに基因し同月一〇日死亡するに至つたことが認められる。

(二)  ところで、〔証拠略〕によれば、被告氏家は昭和四三年一〇月から翌四四年九月ころまで被告会社に大型貨物自動車の運転手として雇われていたが、昭和四五年九月本件加害車を買受け、その後はこれを使用し北海道岩見沢市を中心に被告会社より委託された貨物の運送をするようになつたことならびに右岩見沢地方においては、冬期間は積雪のため自動車による貨物運送が困難となり被告会社からの運送が途絶えたため、一時これを打ち切り東京方面にいわゆる出稼ぎに行くことになり、昭和四六年一月三日被告氏家において右加害車を運転し、その出稼ぎ先である東京都立川市の東洋石材会社(会社の種類は不詳)へ向う途中本件事故に至つたものであることが認められる。

右事実によれば、被告会社と被告氏家との間の契約関係は冬期の到来と共に一時中断し、これによつて被告氏家は被告会社からの支配関係(貨物運送委託関係)を離脱し、別個の稼働先との新たな契約関係にもとづきその支配のもとに右車両を使用するための準備過程において本件事故を惹起したものというべく、被告会社としては被告氏家ならびに右車両がその支配関係から離脱した後の本件事故について右車両の運行供与の責任を負うものではない。

〔証拠略〕によれば、右車両の自動車検査証に記載されている使用者ならびその自動車損害賠償責任保険の保険契約者がいずれも商号変更前の被告会社名義となつていることが認められる。しかしながらこの点については、〔証拠略〕によれば、被告氏家が右車両を購入するに当り、その代金二、三四八、一二七円を二四回の月賦払いとしたため、その売主である訴外北海道三菱ふそう自動車販売株式会社より被告会社がこれの支払いについて連帯保証人となることを求められ、被告会社も前記のように被告氏家に右車両を購入後は被告会社の貨物運送を下請けさせる予定であつたところから、これを承諾し、右訴外会社の求めるまま右代金支払いの担保として右月賦代金に対応する被告会社振出しの約束手形を被告氏家に裏書したうえ、これを予め右訴外会社に交付しておき、これを被告氏家において順次支払う方法をとつたものであることおよびこれとの関連において右訴外会社の要求にもとづき右車両の自動車検査証に記載する使用者名義ならびにその自動車損害賠償責任保険の契約者名義も被告会社としたものであることが認められるのであつて、単にこのことをもつて本件事故当時被告会社が本件加害車の保有者とみることはできず、その実質的な使用者ないし保有者が被告氏家であるとの前記認定事実は覆えし得ない。

そうであれば、被告会社と被告氏家との間に雇用契約が存在していることを前提として被告小谷にその代理監督者責任ありとする原告の主張も又採用できないことに帰する。

従つて原告の被告会社ならびに被告小谷に対する請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

そこで原告の被告氏家に対する請求は理由があるのでこれを正当として認容することとし、その余の被告に対する請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長崎裕次)

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